ひとりの時間

 

ツツジが満開の五月第一週。植え込みの横を通るとその香りに嬉しくなります。

先週のある日、いつものように自転車で走っていた時のこと。

赤信号で停まった時に丁度見かけた自動販売機の広告欄に、

『世界は誰かの仕事で出来ている』というコピーが書かれていました。

「そうですねー」と誰にともなく思いつつ青信号で漕ぎ出しながら、

『人それぞれが当たり前と感じること』について、ふと考えていました。

 

開店して一ヶ月ほどが立った頃。ある知人が来てくれた時のことです。

「わざわざ『ひとりの時間』にお金を払う人がどれくらい居るか私には

よく解らないけど、とりあえず頑張ってみたらいいよ」と、

その人らしい口調で、お祝い(応援?)してくれました。

「そうですねぇ。まず続けられるように、頑張ってみます」と応えつつ、

『ひとりの時間』の定義も、きっと人それぞれだなぁ。と感じていました。

 

家族だったり、友人知人だったり、同僚だったり。

偶然、ただほんの一瞬、すれ違っただけの見知らぬ相手だったり。

望むと望まざるとに関わらず、それぞれ毎日誰かしらの人と関わりながら、

その時その時、一人一人が自分の中に色んな顔や役柄を持って生きています。

子供も大人も、独りで生きていくことはきっともの凄く難しいと思いますし、

個人的には、やっぱりちゃんと人と関わり合いながら、生きていきたいです。

楽しいこともシンドイことも、面倒くさいことも面白いことも、沢山ある中で。

 

けれどその一方で、『ひとりになる時間』も、同じくらい大切にしていきたいです。

ひとりになることは、私にとって呼吸することと同じくらい当然で必要なことですが、

いつも誰か何処かと繋がっていることを推奨されているような気のする現代では、

場合によっては少々難しい望みなのかもしれないな。とも、最近時々感じます。

(それは、娯楽の対象も都会ほどには多くはなく、孤立はし易く孤独にはなりにくい、

何処かしらで誰かしらと繋がり易いこの地方では、時に少しだけ、息苦しいほどに。)

 

ヘッセの「霧の中」には、

“人生(いきる)とは孤独であることだ。

だれも他の人を知らない。”

という一文がありますが、私はこの詩に触れる度、寂しさと同時に救いを感じます。

人はひとりでは生きられないけれど、ひとりにならないで居られる人もいない。

言葉遊びのようですが、結構本気でそんな当たり前のことを考えたりします。

 

周りの人も好きだし、仕事もちゃんと続けたい。〔日常〕から逃げたいわけじゃない。

オシャレ雑誌で勧められるような〔ひとりの時間〕を過ごしたいわけでもない。

(むしろ、そうして推奨される場所や行為は、何となく疲れそうで居心地が悪い。)

ただ、ほんのしばらくだけ、何の「役柄」でもない、ひとりになりたい。

――そう思うときは、老若男女問わず大なり小なり誰しもあるのでは。と、思います。

 

『なら、なればいいじゃん。(どこでだって、独りになんてなれるでしょ)』

『アタリマエのことを格好つけてわざわざ言われるのって、モヤッとする』

と、身内の何人かは常々言いますし、私自身ふと、そう思う時もあります。

(本当に私の周りには素直な毒舌家が多いなぁ。と、大抵はにこにこ笑いつつ。)

毎週開店の看板を掛ける時に、「エゴなのかもしれないな」とも、考えます。

 

けれど、仕事や家庭を大切にしている身近な人達とぽつりぽつり話していると、

「ひとりになる」ために場所が必要な人も、居るのかもしれない。とも、感じて。

友人に〔性格が複雑骨折したまま繋がっている〕と言われる捻くれ者が店主ですし、

繋がりを求める方には却って居心地の悪い場所なのかもしれないとも思いますが、

出来る限り当店は、「ひとりの時間」を大切に出来る店で在りたいと、願っています。

 

休業前のある日、来て下さったお客様がお帰りの際に、

「私にはここが必要だから、閉店じゃなくて良かった。六月、また来ます」

と言って下さって。あ、始めて良かったんだ。と、とても嬉しくなりました。

休業期間は、あとひと月。長いようで、あっという間だな。と、今、驚いています。

数ヶ月迷っていた件については、この四月の終わりに少しだけ光が見えてきました。

六月からは、今までとは少し営業の仕方を変えていこうとも、決めました。

(詳しくはまた五月の中旬以降に、こちらでお知らせいたします。)

お知らせ文を推敲しつつ(「矢張り私は書くより読む方が大好きだー!」とか、

「外に発信したいことなど何もない。それより引き篭もって本読んでいたい……」と、

時々筆を投げ出したくなりつつ、家人に宥められ逃避用の本を取り上げられつつ……)、

営業再開の準備も、少しずつ始めています。

 

変わりながら変えながら、いちばん大切にしたいことを、続けていけるように。

あの日のお客さまのような方に、心地よく来て居て頂ける店になれるように。

がんばります。

 


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