紙上の師匠

 

彼岸桜が盛りを過ぎて染井吉野が花開き始めた今週は、

雪柳や木蓮、辛夷、沈丁花……白い花の咲く姿を沢山見かけた週でした。

桜も好きですが、この季節の木に咲く白い花がとても好きなので、

自転車でも歩いている時も、あちこち目に嬉しい一週間でした。

 

今週は、当店のケーキのルーツについて、少し。

 

※追記

(……少しの筈が、ずいぶん長くなってしまいました……;)

 

当店のおやつ(ケーキ/パンケーキ/焼き菓子)は自家製ですが、

お客様から「このケーキの作り方はどこで習った(勉強した)んですか?」

「いつから・どうして・どんな風に作るようになったんですか?」と訊かれる事が、

時々あります。そういう時には、「昔から食いしん坊で、本に出てくる美味しそうな

お菓子が食べてみたくて、図書館でお菓子の本を探して、作っていました」と

お返事していたのですが、その時に「誰の(どんな)本を参考にして、

どうやって作っているんですか?」と尋ねられる事も、何回かありました。

今日は、このお尋ねに対して私なりのお返事をお届けできればと思います。

 

一番最初のルーツは多分、「ちびくろさんぼ」や「しろくまちゃんのほっとけーき」

「ぐりとぐら」などの絵本です。(この三冊を読まれた方はお気付きかもしれませんが、

当店がパンケーキをメニューに載せているルーツは、この三つの絵本にあります。)

元来の食いしん坊は、この三冊の絵本から〔家でも美味しいお菓子が作れる〕ことを知り、

寺村輝夫さんや森守さんの子供向けレシピ付き物語で〔自分で作る楽しさ〕を知りました。

 

そして、もう少し長い物語が読めるようになった小学校の中学年の頃からは、

「スプーンおばさん」や「赤毛のアン」、「不思議の国のアリス」や「大草原の小さな家」、

「ドリトル先生」や「ナルニア国」、プロイスラーやエンデの数々の作品など(挙げ出すと

際限が無くなってしまうので、この辺りで割愛)……数多の外国の物語で折々に登場する、

西欧の(当時の地元では未だ見たことも無かった)いかにも美味しそうな「洋菓子」に憧れて、

「いつか食べてみたい」と想像を膨らませるようになりました。

 

そして高学年になり、当時は基本的に中学生以上でなければ入れなかった

町民図書館の2階(一般書架)にも、時々入らせてもらえるようになって。

大人向けのレシピ本の中に、物語でよく目にした「チェリーパイ」や「プディング」

「キャロットケーキ」や「フルーツケーキ」「ホットビスケット」などの文字を見た時には、

「うわぁこれは○○に出てきたお菓子では……!」と、とても興奮しました。

 

しかしながら、嬉々として借りて帰ったものの、当時の身近なスーパーでは

ダークチェリーもクランベリーもコーンスターチもあまり並んでいませんでしたから、

普通の赤いさくらんぼの缶詰や、干しぶどうや片栗粉を使って作っていました。

「(焦げ付きそうな鍋を前に)煮溶かすと書いてあるけれど、このさくらんぼは

全然溶けそうにないなぁ……(やっぱりダークじゃないからかな…)」とか、

「スケッパーもミキサーもないけど、木ヘラと擂鉢でなんとかなるかな…?」等々、

色々試行錯誤しつつ数々失敗しつつも、楽しみながら作っていました。

 

そんな中、〔暮らしの設計〕シリーズの加藤信さんのレシピで初めてパイが

層になって焼けた時の嬉しさは、今でもハッキリと覚えています。

 

恐らく、お客様からの「どこで・どんな風に…」というお尋ねへの答えとしては、

明確なレシピ本を挙げることが正解なのだと思いつつ、なかなかハッキリと

「これです」「ここです」と絞って挙げることは、とても難しく……。そういう時には

主にこの時に出会った〔暮らしの設計シリーズ〕にてお菓子の本を上梓されていた

加藤信さん、弓田亨さん、河田勝彦さん、吉田菊次郎さんの本が、私の製菓の

根っこにあり、上記の方の本を探す内に知った、横溝春男さんや青木定治さんの

本にも、作り方の繊細なコツや配合の妙、意識など、様々な事を教わりました。

……と、お名前を挙げさせていただくことが、多いです。

(※直接お会いしたことはありませんが……。と、前置きしつつ。)

 

私のお菓子作りの師匠は、この頃出会った上記の本の中、紙上のレシピの数々でした。

 

今では、ダークチェリーの缶詰もコーンスターチもクランベリーもバニラビーンズも、

マルコナ種のアーモンドなど銘柄を指定した木の実や洋酒も入手可能になりましたし、

〔フラワー〕と〔カメリア〕しか知らなかった小麦粉の世界も広がり、産地も銘柄も随分増えて、

上等銘柄や国産小麦も入手もしやすくなり、小麦の美味しさもグッと身近になりました。

 

脂肪含有率の違う純生クリームや多品種・希少種のチーズやチョコレートも

手に入るようになり…(段々製菓オタクな話になってきてしまったので、こちらも割愛)。

本当に、良い時代になったなぁ。と思います。(※ここ数年特に顕著な、バターを

始めとした原料が軒並み価格大跳躍傾向が止まらない点は、心底痛いですが…。)

 

作りたいものを作るための材料もレシピも、広く公開され販売されている。入手できる。

これは、○十年前、赤いさくらんぼの小さな缶詰を手に首を傾げていた小学生の頃には、

想像もしていなかった未来でした。この現在を幸いと喜ぶ一方で、そこに少しの

寂しさを感じてしまうのは、矢張り個人的なノスタルジーなのかもしれません。

 

ルーツというのは往々にして遡り始めるととても長くなってしまうものではありますが、

それにしても、随分長くなってしまいました。(語りたがりなのかもしれません……反省。)

結局のところ、辿り辿ると私のお菓子のルーツは「ちびくろさんぼ」と「しろくまちゃん~」の、

山のように積み重なった焼き立ての薄いホットケーキに行き着くのだなと、思います。

そして、大好きな物語に登場する、たくさんのお菓子たちに行き着くのかもしれない。とも。

 

これからも、素朴で飽きの来ない昔ながらのお菓子を、作り続けていきたいです。

何世代も読み継がれている物語にも登場してきたような、一見地味で目立たない、

この辺りでは意外と見かけないような……けれどずっと愛されてきているお菓子たちを、

(ぽつりぽつり、ささやかな手の届く範囲でとなりますが、)お届けしていきたいです。

 

折角の美味しいお菓子が、当店のもので最初に知ったために美味しく無いと感じられて

しまったなら、それはお客様にもお菓子にも残念な出会いとなり、申し訳なく思います。

当店から旅立つお菓子のひと皿ひと皿、ひとつひとつが、召し上がって下さった

お客様に少しでもそのお菓子のおいしさや楽しさをお届けする役に立てたならば、

(まだまだ課題ばかりの若輩で、大変僭越なのですが…)とても、とても嬉しいです。

 

手作りのお菓子は生き物のように毎日顔が違っていて、日々何かしら教えてくれます。

その中にあっても、繰り返しお届けするものが毎回ちゃんと同じ味になるように、

新しくお届けするものが、お求めくださった方に喜んでいただけるものになるように、

より喜んでいただけるように、これからも紙上の師匠方とオーブンと共に、精進していきます。

お楽しみいただけましたら、幸いです。

 


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